
SaaS業界では、単一プロダクトの提供だけでなく、複数のサービスを統合し顧客の課題を包括的に解決する「コンパウンド・エクスパンション」という考え方が注目されています。
本記事では、この戦略の基本概念から導入背景、代表的な企業事例、そして導入の鍵となる要素まで、わかりやすく解説していきます。
コンパウンド・エクスパンションとは何か?
コンパウンド・エクスパンションとは、1社が提供する複数のプロダクトやサービスを統合し、1顧客あたりの取引価値を最大化する戦略です。ARPU(ユーザーあたり平均収益)やLTV(顧客生涯価値)を高めることを目的としており、従来の単なるクロスセルとは異なり、顧客の課題を深掘りし、関連する複数プロダクトで解決策を提供する点が特徴です。
例えば、CRMと連携したマーケティングツール、カスタマーサポートツールなど、業務の連続性を意識したプロダクト設計が求められます。
なぜ今、SaaS業界で注目されているのか
コンパウンド・エクスパンションが注目されている背景には、いくつかの重要な市場環境の変化があります。
・CAC(顧客獲得コスト)の上昇により、新規顧客の獲得が高コスト化している
・SaaS企業が複数のプロダクトを持つ傾向が強まり、統合提供の巧拙が収益を左右する
・カスタマーサクセスを重視する姿勢が広まり、包括的なソリューション提供による顧客ロイヤルティの向上が求められている
これらの要因から、顧客との継続的な関係を深めるための戦略として注目されています。
成功事例に見るコンパウンド・エクスパンション

この戦略を成功させている企業の代表例として、Salesforceが挙げられます。元々はCRMのリーディングカンパニーでしたが、現在ではマーケティングオートメーション、カスタマーサポート、ビジネスインテリジェンス(BI)、そしてSlackといった幅広いソリューションを提供し、企業のDXをトータルで支援しています。
日本企業では以下のような事例があります。
・SmartHR:人事労務ソリューションから出発し、給与計算、年末調整、マイナンバー管理などを網羅
・マネーフォワード:会計ソフトを起点に、請求書作成、労務管理などを統合し、経営インフラとしてのポジションを確立
これらの企業は、プロダクトの統合と拡張により、ユーザーとの接点を増やしながらLTVを高めています。
実現の鍵となる3つのポイント
コンパウンド・エクスパンションを成功させるためには、以下の3つの要素が重要です。
・プロダクトの「隣接性」:顧客の業務導線に自然に沿った課題解決を意識する
・カスタマーサクセス:アップセルではなく顧客の事業成長を支援する視点を持つ
・データ統合とUXの一貫性:SSOや共通のデータ基盤によるシームレスなユーザー体験を提供する
この3つを意識することで、戦略は単なる製品拡充ではなく、真の価値創造へとつながります。
コンパウンド・エクスパンションの今後の展望
今後、SaaS企業がより広範な課題をカバーし、他社との差別化を図るためには、コンパウンド・エクスパンションの戦略はますます重要になります。
特にAIや自動化技術が進化する中で、単機能なプロダクトでは顧客の期待に応えきれない場面が増えていくでしょう。顧客の業務全体を見渡し、課題を深く理解し、それに応じた複数のソリューションをワンストップで提供する力が、SaaS企業の成長ドライバーとなります。
経営陣はこの戦略を単なる営業戦術ではなく、組織全体の方針として捉える必要があります。
まとめ
本記事では、SaaS業界で注目を集める「コンパウンド・エクスパンション」について、その定義や背景、成功事例、導入の鍵を解説しました。今後のSaaSビジネスにおいて、既存顧客との関係性を深化させるための重要な戦略であり、顧客課題に寄り添った包括的な提案力が求められます。