IPOが全てではない。SaaS業界の成長戦略のひとつM&Aについて

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SaaS業界においては、IPO(新規株式公開)が成功のゴールとして語られがちです。しかし、国内のSaaS企業にとって、M&A(合併/買収)も成長を加速させる重要な選択肢です。M&Aには、他のSaaS企業による買収だけでなく、PE(プライベート・エクイティ)ファンドや異業種企業による買収など、さまざまな形態が存在します。本記事では、SaaS企業におけるM&Aの事情について、国内の具体例を交えて解説します。

SaaS業界におけるM&Aの基本概念と現状

SaaS業界におけるM&Aは、競争力強化と成長加速を目的とした重要な戦略の一つです。特に、国内市場では競争が激化しているため、他企業の買収を通じて機能やサービスを迅速に拡充し、新たな市場や顧客層にリーチすることが求められています。M&Aは、時間をかけて自社で開発するのではなく、他社の技術や顧客基盤を効率的に取り入れる手段として活用されるケースが多く見られます。そしてそのパターンも様々です。

SaaS企業同士のM&A

例えば、マネーフォワードは2019年に、SaaS比較メディア「ボクシル」を運営するスマートキャンプをM&Aしました。この買収により、マネーフォワードはそれまでの自社のSaaSプロダクト群と異なるマーケティングやセールス領域の力を手に入れ、法人向けのサービス提供力を一層強化することに成功しました。意外な組み合わせでしたが、M&Aによって市場シェアを拡大し、さらにSaaS業界内での存在感を高めた事例です。

また、freeeは2021年に電子契約サービス「NINJA SIGN」を提供していたサイトビジットをM&Aし、これを「freeeサイン」として統合しました。この買収により、freeeは会計・経理業務に加え、法務や契約管理といった業務までを一元管理できる体制を整え、法人向けサービスを強化しました。

異業種によるM&A

SaaS企業が異業種企業の傘下に入るケースも増えています。これにより、買収企業は新しい技術やサービスを取り込み、自社の事業にシナジー効果をもたらします。たとえば、賃貸不動産会社向けのシステムを提供するセイルボート(現キマルーム)は、2023年に大東建託にM&Aされました。大東建託は不動産業界の大手企業ですが、セイルボートを買収することで、不動産会社や賃貸住宅の入居者への新たな価値提供を図っています。このように、異業種による買収は、業界を超えた技術やノウハウの統合を通じて、買収企業と被買収企業双方にメリットをもたらします。

PEファンドによるM&A

PEファンドによる買収は、SaaS企業に安定した資金と経営サポートを提供し、成長を後押しする方法です。たとえば、HRブレインは2021年にグローバルなPEファンドであるEQT社の傘下に入りました。HRブレインは人事評価クラウドサービスを提供するSaaS企業であり、EQT社の支援によりさらなる成長とサービスの強化を図っています。このような形態のM&Aは、企業にとって資金調達の安定化だけでなく、経営や成長戦略のサポートを受けることで、競争力を維持・強化する手段となります。
※PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)とは、主に未上場企業の株式に投資するファンドです。投資家から資金を集め、企業の株式を取得し、経営に関与して企業価値を高めた後、株式売却などで利益を得ます。

M&AはIPOと並ぶ成長戦略の一つ

SaaS企業が成長を目指す際には、M&A(合併・買収)やIPO(新規株式公開)をそれぞれ異なる成長戦略として捉えることが重要です。これらは互いに代替するものではなく、それぞれの目的に応じて活用されます。

IPOとM&Aの違い

IPOは、企業が株式を市場に公開し、大規模な資金を調達する手段です。IPOによって成長資金を獲得し、市場での存在感を高めることができます。しかし、IPOには時間やコストがかかるほか、株主の期待や規制に対応する必要があるため、経営の自由度が制限されることもあります。

一方で、M&Aは他企業を買収することで、即座に技術や顧客基盤、専門知識を取得できる手段です。M&Aを通じて新しい市場や分野に進出したり、競争力を強化することができ、スピード感を持って成長できる点が特徴です。例えば、SaaS企業が他のサービス提供企業を買収すれば、自社のプロダクトに統合し、新たな価値を提供することができます。

M&Aはスピーディーな成長を支える手段

M&Aは、迅速な市場拡大や技術の取り込みを実現するための手段として有効です。自社でゼロから開発するよりも、すでにその技術を持っている企業を買収する方が、短期間でサービスや機能を拡充できます。例えば、特定の技術や顧客基盤を持つ企業を買収することで、自社の製品に統合し、より競争力のあるサービスを提供できます。

M&Aにおけるリスクと失敗事例

M&Aには多くのメリットがある一方で、リスクも伴います。特に、買収先企業との統合がうまく進まなかったり、企業文化の違いから従業員の離職が増加したりすることがあります。また、期待されたシナジー効果が得られない場合、M&Aのコストに見合ったリターンを確保できず、経営に影響がある場合もあるようです。

統合プロセスがスムーズに進まず、買収先企業が持つ技術やサービスが自社の事業に適切に組み込まれないことも課題です。これにより、顧客の離反や競争力の低下が起きるリスクがあります。M&Aに成功するためには、事前のデューデリジェンスや統合計画の策定が重要です。

まとめ

国内SaaS業界において、M&AはIPOと同様に重要な成長戦略となっています。市場シェア拡大や技術取得の手段として効果的に活用される一方で、資金調達が難航した企業にとっては、事業を継続するための選択肢としても機能します。ただし、M&Aには統合リスクや企業文化の違いなどが存在するため、成功させるためには十分な準備と戦略が求められます。SaaS業界におけるM&Aは今後も企業成長の重要な手段として活用され、事例が増えていくことが予想されます。

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青山 俊彦

青山 俊彦カノープス株式会社 代表取締役

SaaSビズサイド(セールスやカスタマーサクセス、インサイドセールス、マーケ、企画領域)の転職支援が得意な人材エージェントです。採用や転職についてお気軽にご相談を!趣味は釣り。長野県安曇野市出身。

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