「M&A=敗北」というイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、それは過去のものになりつつあります。象徴的なのが、ソラコムがKDDIグループ入りを経て2024年に東証グロース市場へ上場した事例です。単独での上場か、大手企業の傘下での成長か――この記事では「スイングバイIPO」という考え方を手がかりに、企業の資本戦略から、キャリアの選び方にも通じる、二者択一ではない道の見つけ方について整理します。
スイングバイIPOとは何か
スイングバイIPOとは、スタートアップ企業が大手企業の傘下に入り、その支援を受けて成長したうえで、あらためて株式市場に上場する手法を指す言葉です。名前の由来は宇宙工学の「スイングバイ」という技術にあります。探査機が惑星の重力を利用して加速し、より遠くまで進む現象を指す言葉で、大手企業という「重力」を借りて成長を加速させ、単独では届かなかった距離まで進む、というイメージが重ねられています。
この言葉が広く知られるようになったきっかけは、IoTプラットフォームを手がけるソラコムの事例です。ソラコムは2014年に創業したのち、2017年にKDDIによるM&AでKDDIグループの一員となりました。その後、KDDIグループの中で事業を成長させ、2024年3月に東証グロース市場へ上場を果たしています。この一連の流れを表す言葉として「スイングバイIPO」という呼び方が定着しました。
従来のスタートアップの出口戦略は、大きく分けて「単独でのIPO」か「他社への売却(M&A)」かの二択で語られることがほとんどでした。スイングバイIPOは、この二択の間にある第三の道として、業界の中で新しいカテゴリーとして扱われるようになっています。資金調達だけでなく、営業基盤や技術リソースの面でも大手企業の支援を受けられる点は、単独での成長スピードには限界がある事業フェーズにおいて、大きな意味を持ちます。
なぜソラコムの事例が注目されているのか
ソラコムの事例が注目される理由は、KDDIグループ入りが単なる「身売り」や「Exit(出口)」として語られなかった点にあります。KDDIによるM&Aが発表された当時、ソラコム側は自社のブログで、この提携を単なる撤退や売却ではなく、それまで単独では届かなかった事業領域への新たな入り口として位置づける趣旨の発信をしていたと伝えられています。
つまり、M&Aを「事業の終着点」ではなく、「次の成長段階への入り口」として位置づけていたということです。実際、ソラコムはKDDIグループ入り後も経営の独立性を保ちながら事業を拡大し、KDDIの持つ通信インフラや顧客基盤、資金力といったリソースを活用して成長スピードを上げていきました。そのうえで2020年頃からKDDIと共に上場に向けた準備を進めていたとされています。
このプロセス全体が、「大手の傘下に入ること」と「将来の上場」が矛盾しないことを示す具体的な事例として、SaaS・スタートアップ業界で広く参照されるようになりました。日本では、大手企業の子会社となった後にあらためて上場を目指す例はこれまで多くなく、その点でもソラコムのケースは前例の少ない事例として語られています。
「M&A=敗北」ではなく「M&A=成長への手段」
日本のスタートアップ業界では、これまでIPO(新規株式公開)こそが正統な成功の形であり、M&Aによる売却は「単独では上場できなかった」という消極的な選択だと捉えられがちでした。海外ではM&Aによる出口(イグジット)が主流である一方、日本では今もIPOを目指す企業が多いとされ、この傾向の背景にはそうした価値観の違いがあります。
しかし、スイングバイIPOという概念が広がったことで、この見方に変化が生まれています。M&Aは「成長を諦めて売却する手段」ではなく、「大手企業のリソースを借りて成長を加速させ、その先で改めて上場を目指すための手段」にもなり得る、という捉え方です。
実際、IT業界のM&Aを手がける専門家の間でも、IPO・M&A・スイングバイIPOという複数の選択肢が経営者に開かれつつあるという指摘がされています。単独での成長にこだわるのではなく、状況に応じて資本提携という手段を柔軟に選ぶ経営スタイルが、以前より受け入れられやすくなっていると言えそうです。この変化は、資金調達環境や市場環境が変わるたびに、成長の道筋を単独か売却かの二択で固定しない発想が広がってきたことの表れとも言えます。
スイングバイIPOがキャリアの選び方に示唆すること

この考え方は、企業の経営戦略だけでなく、個人のキャリアの選び方にも重ねて考えることができます。
たとえば、大手企業のリソースや信用力を活用しながら経験を積み、そこで得たスキルやネットワークを土台に、次のキャリアステージへと加速していくという考え方もできます。逆に、スタートアップで培った実行力やスピード感を、大手企業の中でより大きな裁量とともに活かすという道もあるでしょう。
重要なのは、「今いる環境」を最終形として固定的に捉えず、自分の成長にとって今どのような機会や環境が必要なのかを見極めることです。大手の傘下に入ることも、独立志向を貫くことも、それ自体に優劣があるわけではなく、どちらも次の成長段階への「加速装置」になり得るという視点を持つことが大切です。転職先を選ぶときも、「今の会社に留まるか、辞めるか」という単純な二択ではなく、「今の環境から何を得て、次にどこへ加速していくか」という時間軸で考えると、選択肢の幅が広がります。
SaaS業界で転職・キャリアを考える人が押さえておきたい視点
SaaS業界で転職やキャリアアップを検討している方にとって、スイングバイIPOという考え方は、企業選びの視点を広げるヒントにもなります。応募先の企業が大手グループの傘下にある場合、それを「独立性のない環境」と一面的に捉えるのではなく、「どのようなリソースを活用して、どこまでの成長を描いているのか」という観点で見てみることが大切です。
グループ入りしている企業の中には、資本の後ろ盾を得ながらも、独自の意思決定や事業スピードを保っている企業も少なくありません。面接や企業研究の場面では、資本構成そのものよりも、「なぜその資本提携を選んだのか」「そこからどのような成長戦略を描いているのか」を確認することで、企業の実態をより正確に把握できます。
また、自分自身のキャリアにおいても、今の環境を最終地点と考えず、次にどのような「重力」を活用して加速していくかという視点を持つことで、より柔軟な選択肢を描きやすくなるはずです。資本構成や親会社の有無だけで企業を判断するのではなく、その先にある成長の設計図を見ようとする姿勢が、これからのキャリア選びにおいて一つの武器になっていくでしょう。
まとめ
この記事では、ソラコムの事例を通じて「スイングバイIPO」という考え方と、その背景にある「M&A=成長の加速装置」という捉え方の広がりについて解説しました。企業の資本戦略もキャリアの選び方も、単独か傘下かという二者択一ではなく、どのように加速していくかという視点で捉え直すことで、これまでとは違う選択肢が見えてくるはずです。企業選びやキャリア設計に迷ったときは、今いる場所を終着点にせず、次にどこへ加速していくかという時間軸で考えてみてください。
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