
職場でのパワーハラスメントは、近年深刻な社会問題として広く認識されるようになりました。企業による自主的な対応だけでは限界がある中、国が法的な枠組みを整えることで、すべての労働者を守る動きが強まっています。本記事では、2020年6月1日に施行された労働施策総合推進法の改正(いわゆるパワハラ防止法)を軸に、パワハラ防止法制化の背景とその経緯、企業が果たすべき義務についてわかりやすく解説します。
パワハラ防止対策が重要視されるようになった背景
パワーハラスメント(パワハラ)は、長時間労働やメンタルヘルスの問題と並び、職場での労働環境を悪化させる大きな要因の一つです。厚生労働省の調査によると、労働局へのパワハラ関連の相談件数は年々増加しており、企業側の対応が急務となっています。
以前は、パワハラに対する対応は各企業の自主的な取り組みに委ねられており、具体的なルールや罰則が存在しないことが課題でした。そのため、被害者が泣き寝入りするケースも多く、再発防止につながらない状況が続いていました。
こうした背景から、単なる行政指導ではなく、法的な裏付けによって実効性のあるパワハラ対策を講じる必要性が高まりました。企業としても、法令順守とともに職場環境の改善を図ることが、採用力や企業ブランドを維持する上で欠かせない要素となっています。
パワハラ防止法制化の経緯と義務化までのロードマップ
パワハラ問題は2000年代に入り、社会的な注目を集めるようになりました。企業内での深刻な事例や労働災害との関連が報道される中、国も対策に乗り出します。厚生労働省は相談窓口の設置や、指針となる資料の公開などを通じて、啓発活動を行ってきました。
一部の企業では、就業規則にパワハラ禁止の明文規定を加えたり、独自に研修を実施する動きも見られましたが、業界全体への波及には限界がありました。こうした状況を受け、2019年に労働施策総合推進法が改正され、「パワハラ防止法」が誕生します。
この改正法は、2019年5月に成立し、2020年6月1日から施行されました。これにより、企業にはパワハラ防止のための措置が法的に義務付けられ、大企業から先行して対応が求められるようになりました。これが、従来の「努力義務」から「法的義務」への大きな転換点です。
2022年、中小企業にも義務化が拡大
大企業に続き、2022年4月1日からは中小企業にもパワハラ防止措置の義務化が適用されました。これは、「どの企業で働く人も平等に保護されるべき」という基本的な考え方に基づいています。
中小企業にとっては、リソース面での負担や体制構築の難しさが懸念されましたが、一定の猶予期間が設けられ、段階的な導入が進められました。これにより、企業規模にかかわらず、パワハラ対策が法律上の義務となり、未対応の企業は法的リスクを抱えることになります。
また、相談が社内で処理されない場合、労働局への通報や法的措置に発展するケースもあるため、企業には一層の責任と対応力が求められています。
企業に義務付けられた具体的な措置とは

法改正によって、企業が講じるべき措置は具体的に定められました。主なポイントは以下の通りです。
・相談窓口の設置:社員が安心して相談できるよう、外部の専門機関と連携するケースも増えています。
・迅速かつ公正な対応:相談があった場合、事実確認と加害者・被害者双方への対応が適正に行われる体制づくりが求められます。
・社内研修・啓発活動:定期的な研修やeラーニングによる周知徹底が推奨されています。
・プライバシー保護と不利益取り扱いの禁止:相談したことで人事評価や配置転換で不利益を受けることがないよう、厳格な管理が義務付けられています。
これらの施策は、単なる義務ではなく、従業員の信頼を得てエンゲージメントを高める施策としても重要です。
今後の展望と企業が直面する課題
パワハラ防止法の法制化により、企業のコンプライアンス意識は確実に向上しました。多くの企業で相談体制や教育研修が整備され、被害の早期発見と再発防止が進んでいます。
しかしながら、法対応だけでは不十分なケースもあります。たとえば、リモートワークの普及により、チャット上での言動が新たなハラスメントとして問題視されるなど、「オンラインハラスメント」への対応が急務です。
また、ジェンダーや年齢、国籍などを理由とした差別的言動も含め、職場でのハラスメントは多様化しています。企業は、パワハラだけでなく、セクハラやマタハラ、SOGIハラなど、包括的な対策を講じる必要があります。
今後は、「予防」や「組織文化の見直し」に重点を置き、従業員一人ひとりが安心して働ける環境をどう作るかが、企業の競争力を左右する重要なテーマとなるでしょう。
まとめ
本記事では、パワーハラスメント防止法制化の背景、法改正の経緯、企業に課せられた具体的な義務、そして今後の課題について解説しました。2020年の法改正を起点に、すべての企業にパワハラ対策が求められるようになった現在、法令順守だけでなく、働きやすい職場づくりに向けた取り組みが企業の持続的成長に不可欠です。