
「マルチプロダクト戦略」は、成長し続けるための有力な手段の一つとして各SaaS企業が取り組み出しています。文字通り単一の製品に依存するのではなく、複数の製品を展開することで市場ニーズに柔軟に対応しながら、競争力を強化することができる戦略です。本記事では、マルチプロダクト戦略の基礎から、国内SaaS企業であるマネーフォワードの成功事例を中心に、そのメリットや課題、実践のためのステップについて詳しく解説します。
マルチプロダクト戦略とは?SaaSにおける基礎概念
マルチプロダクト戦略とは、単一の製品に依存せず、複数のプロダクトを市場に展開する経営戦略を指します。SaaS業界においては、クラウドベースのサービスの特性を活かし、新たなプロダクトを開発しやすいため、この戦略が非常に有効です。
SaaS企業は、製品間でのシナジーを生み出すことが容易で、異なる顧客層や市場にアプローチすることが可能です。複数のプロダクトが顧客のニーズに合わせて相互補完的に機能することで、収益を多角化し、競争力を高めることができます。
マルチプロダクト戦略のメリット:成長と競争力の向上

マルチプロダクト戦略を採用することで、企業は以下のようなメリットを享受できます。
- 収益源の多様化:
複数の製品を展開することで、特定の製品が市場での成長を緩めてしまっても、他の製品が収益を補完することでリスクを軽減します。 - 異なる市場セグメントへのアプローチ:
複数の製品により、さまざまなニーズを持つ顧客に対応することが可能です。これにより、市場シェアの拡大や新規市場への参入が実現します。 - クロスセルとアップセルの促進:
既存顧客に対して、関連する他の製品を提案することで、顧客あたりの収益を増やすことができます。 - 競争力の強化:
単一製品ではなく、複数の製品を統合的に提供することで、他社との差別化を図りやすくなります。
とある企業では、オールインワンのERPのようなプロダクト提供を当初から行なっていましたが、多機能すぎて顧客から導入を足踏みされることが多く、そのプロダクトをオールインワンから機能別に幾つかに分けたところ、顧客からの注文が一気に増えたケースもあるようです。顧客ごとの事情に合わせてサービスが展開しやすくなるのはマルチプロダクト戦略の大きなメリットと言えます。

学ぶマルチプロダクト戦略の成功事例:マネーフォワード
国内SaaS業界でマルチプロダクト戦略を成功させた代表的な企業として挙げられるのが、マネーフォワードです。同社は、家計簿管理アプリ「マネーフォワード ME」でスタートしましたが、その後、法人向けの「マネーフォワード クラウド」シリーズを展開し、個人と法人の双方で大きな成功を収めています。
- 個人向けサービス:
マネーフォワード MEは、個人の家計簿管理ツールとして幅広く普及しました。ユーザーは自分の銀行口座やクレジットカードを連携することで、簡単に支出の管理や予算の設定を行うことができ、個人の資産管理をサポートします。 - 法人向けサービス:
同社はその後、法人向けの「マネーフォワード クラウド」を展開。これには、クラウド会計ソフト、給与計算、経費精算、請求書管理など、中小企業のバックオフィス業務を効率化するためのツールが多彩にラインラップされており、マルチプロダクト戦略のお手本とも言えます。
マネーフォワードは、個人向けのサービスと法人向け市場向けにサービスを分け、さらに法人向けのサービスを、バックオフィスの業務ごとに細かく分け、toC向け、toB向け全域をカバーできたことが大きな成功要因となっています。
複数のサービスを提供することで、ユーザーのニーズに柔軟に対応し、長期的なリテンション(顧客の継続利用)を実現しています。これにより、顧客満足度が向上し、結果的に強固なブランドイメージの確立にもつながっています。
マルチプロダクト戦略の課題と失敗を避けるためのポイント
マルチプロダクト戦略には多くのメリットがありますが、いくつか考慮するポイントもあります。
- リソースの分散:
複数の製品を同時に展開するため、開発・運営のリソースが分散し、各プロダクトのクオリティが低下するリスクがあります。このリスクを最小化するためには、各プロダクトに対して十分なリソースを確保する必要があります。 - 市場の見誤り:
新しいプロダクトを投入する際に、ターゲット市場のニーズを的確に捉えられない場合、期待された収益を得ることができません。製品開発前の、入念な市場調査が重要です。 - ブランドの一貫性:
複数の製品が異なる顧客層に向けて展開される場合、ブランドの一貫性が損なわれるリスクがあります。マネーフォワードは、家計簿から法人のバックオフィスまで「お金」を一貫したテーマにしており、成功の一因となっています。 - シナジーの欠如:
複数のプロダクトが相互に補完し合わない場合、運営が複雑化し、逆に顧客体験が損なわれることがあります。マネーフォワードは、個人と法人、法人の中でもバックオフィス全体のニーズを補完する形で製品展開を行っており、クロスセルやアップセルの機会を増やすことに成功しています。
コンパウンドスタートアップ戦略との違い
マルチプロダクト戦略とコンパウンドスタートアップ戦略は、複数の製品展開を目指す点で似ていますが、以下のような違いがあります。
- 開始時期:
マルチプロダクト戦略は主力製品が成功した後に新製品を展開します。一方、コンパウンド戦略は創業時から複数製品を同時に開発・提供します。 - 展開手法:
マルチプロダクト戦略は段階的な拡張を行い、既存顧客への深耕やクロスセルを重視します。コンパウンド戦略は、複数市場への同時アプローチで急成長を狙います。 - リスク:
マルチプロダクト戦略は既存事業を基盤にするため低リスクです。対して、コンパウンド戦略は初期投資が多く、ややリスクの高いアプローチと言えるかもしれません。
まとめ
この記事では、SaaS業界におけるマルチプロダクト戦略の基礎、メリット、課題を解説し、国内SaaS企業であるマネーフォワードの成功事例を紹介しました。加えて、コンパウンドスタートアップ戦略との違いを明確化しました。
マルチプロダクト戦略は、主力製品の成功を基に市場を段階的に広げる慎重なアプローチである一方、コンパウンドスタートアップ戦略は、創業時から多角的な市場展開を目指す攻めの戦略です。自社のリソースや成長フェーズに適した戦略を選択することで、持続可能な成長が期待できます。
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