企業が成長フェーズで直面する大きな選択肢の一つとして「上場するか否か」があります。上場による資金調達力や社会的信用の向上は確かに魅力的ですが、すべての企業にとって最適な選択肢とは限りません。本記事では、上場会社と非上場会社それぞれの特徴を整理しつつ、あえて上場しない道を選ぶ企業の経営判断や、その背景にある考え方を解説します。
上場会社の本質とメリット
上場会社とは、株式を証券取引所に公開し、一般投資家を含む不特定多数が株式を売買できる企業を指します。上場の最大のメリットは、資金調達力の高さです。新規株式公開(IPO)によって多額の資金を一度に調達でき、事業拡大や研究開発、人材採用などの成長投資に活用できます。
また、上場企業であること自体が社会的信用の向上につながります。取引先や金融機関、採用候補者に対して一定の信頼性を示す指標となり、事業機会の拡大に寄与するケースも少なくありません。財務情報や経営状況を公開することで透明性が担保され、企業としての評価が高まる側面もあります。
さらに、株式報酬やストックオプションを活用しやすい点も特徴です。従業員と企業の利害を一致させやすく、中長期的なモチベーション向上につながります。
一方で、上場には情報開示義務や株主対応といった負担が伴います。短期的な業績や株価を意識した経営を求められ、経営の自由度が制限される点はデメリットと言えるでしょう。
非上場会社の強みと柔軟性
非上場会社は株式を公開市場で取引しないため、株主構成が限定され、意思決定のスピードが速いという特徴があります。情報開示義務も比較的少なく、事業戦略や財務状況を外部に詳細に公開する必要がありません。そのため、競合に戦略を知られにくく、柔軟な経営判断が可能です。
また、四半期ごとの業績開示に縛られないため、長期視点での投資判断がしやすい点も強みです。研究開発や新規事業への投資など、短期的には利益が出にくい取り組みであっても、将来価値を見据えて継続しやすい環境にあります。
加えて、創業者や経営陣の価値観が企業文化として浸透しやすい点も非上場企業の特徴です。株主との距離が近いため、理念やカルチャーを維持したまま事業成長を図りやすい傾向があります。
一方で、資金調達の選択肢は上場企業よりも限られます。ベンチャーキャピタルや事業会社からの出資を戦略的に活用する必要があり、知名度の面でも上場企業に比べて不利になるケースがあります。
上場を急がない企業の一例

近年の国内SaaS業界では、上場のタイミングや是非を慎重に検討する企業が増えています。SmartHRやCaddiといった企業も、その代表例として語られることがあります(各社の経営判断については、公開情報に基づかない一般論としての整理です)。
これらの企業に共通すると考えられるのは、長期的な成長を重視した経営スタンスです。SaaSモデルは初期投資が先行し、継続的に顧客価値を積み上げていくビジネスであるため、短期的な業績評価との相性が必ずしも良いとは言えません。四半期ごとの数字に縛られず、プロダクト改善や顧客満足度向上に集中するため、上場を急がない判断が取られることがあります。
また、それ以外にも創業者や初期株主が経営権を維持し、企業文化を守ることを重視するケースもあります。上場後は多様な株主への説明責任が生じ、意思決定のスピードや柔軟性が低下する可能性があるためです。
資金調達についても、成長ステージに応じて戦略的投資家から十分な資金を確保できる環境が整ってきています。こうした背景から、上場は必須条件ではなく、選択肢の一つとして位置付けられるようになっています。
上場基準を満たせず非上場に留まる企業の課題
すべての非上場企業が積極的に「上場しない」選択をしているわけではありません。中には、上場基準を満たせず結果的に非上場に留まっている企業も存在します。
証券取引所には、時価総額や利益水準、流通株式比率、株主数などの上場基準が設けられています。これらは市場の透明性や流動性を確保するための要件であり、基準を満たさなければ上場は認められません。
基準未達の背景には、収益性の不安定さや成長スピードの鈍化、株主構成の偏りなどが挙げられます。上場を目指していたにも関わらず実現できない場合、資金調達やブランディング面で不利になることもあります。
ただし、上場できないこと自体が失敗を意味するわけではありません。現状の事業ステージや組織体制を見直し、長期的な成長モデルを再構築する機会と捉えることも重要です。上場が目的化し、基準達成のみを追い求める状態は本末転倒と言えるでしょう。
上場するか否かを判断する際の共通視点
上場するか非上場を維持するかは、企業の成長戦略や資本政策、経営文化に直結する重要な判断です。どちらを選ぶ場合でも、共通して意識すべき視点があります。
まずは資金調達戦略です。上場による公募増資は大規模な資金調達が可能ですが、株式の希薄化や株主対応コストが発生します。非上場の場合は投資家との価値観の一致がより重要になります。
次に、経営の自由度と透明性のバランスです。上場企業は高い透明性を求められる一方、短期的な市場評価にさらされます。非上場企業は長期視点の経営を行いやすい反面、対外的な信用構築には工夫が必要です。
最後に、企業文化の維持です。上場後は外部株主の影響が強まるため、創業時の理念やカルチャーが変化する可能性があります。自社が何を大切にしたいのかを明確にした上で判断することが不可欠です。
まとめ
上場には資金調達力や信用力向上という大きなメリットがある一方、情報開示や株主対応といった負担も伴います。非上場は柔軟な経営と長期戦略を追求しやすい点が強みです。SmartHRやCaddiのように上場を急がない選択は、短期的な評価よりも長期的な価値創造を重視した合理的な判断と言えます。上場はゴールではなく、成長戦略の一手段です。
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